back to death
昨日、死に帰ると言う言葉が偶然生まれた
もし、輪廻というものがあるのならば俺たちは生を繰り返す事になる
だけど、仮に俺らの意識が霊魂(ここではあると仮定して)とイコールだったとして、生き物として生活する事が終わっても、そこからは霊魂のみで生活する世界が待っていて、その状態を死と呼ぶのだとしたらどうだろうか
俺たちは死んだら無意識になると思い込んでるけれども、俺らの意識はあくまで
生⇔死
のターンを行き来しているだけにすぎないのかも
そしたら死ぬことと言うのは、自分の視点から見た生きるターンに関わった全ての人や物を殺すだけで、死んだからといって全てが終わる訳ではないのかもしれない
死に帰る
小学生
の時に還りたいね
小学生の時からやってたゲームをやってるんだけど、あの頃の一直線な感情の向かい方はもはやない
正確には、音楽ほどスリリングで脳内物質出るものが他にないからどうしても物足りなくなってしまってるのかも
色んなものを並行して楽しめれば良いのに
女だったら女、音楽だったら音楽、って感じになっちゃってる
考え事が多くなって、ただゲームしてるだけでもツライからお酒を飲んでしまう事が増えた
曲はたくさん出来てるよ
ただ、もうそろそろまた人と愛し合って色々な発見をして曲を書くターンに行きたいと思うのは気が早いのかな
最近の憂鬱で暗い感じ
やっぱりこれをちゃんとアウトプットしたい
前も同じようなことを書いた
いつもニコニコしてるんだけど、それは言わば盾みたいなものであって、暗い本当の俺を出せてないその状況にまたものすごく憂鬱になる。
そうやって普段を暗く過ごして、誰かにだけしか見せない笑顔を作りたい。
誰らへんに見せるかは決まってるんだ
ライブだった
夕暮れの動物園でライブだった
ほんとサイコーのバンドになってきてると思うんだ
今、俺がある程度生きる価値があるのは夕暮れの動物園のキーボードとして世の中の人に良いものを提供できてるからってのもある
今年はフェスも出るしCDも出すからさ、みんな見に来てくれよ!
依存
他人に依存して生きる事はいけない事だと思っていたから依存されている時にも早く大人になりなよ、なんて思ってたけど違うんだ!と気付いた。
俺たちは一人でも生きていけるけど、ツライし一人で生きててもしょうがない。
恋人でも想い人でも何でも良いんだけど、誰かが常に頭にチラつく生活は、チラつかない生活よりも豊かだ。
現代における生活ルーティンの中身は、お金を稼ぐすなわち働く事が半分以上を占めていると思うんだけど、特定の誰かのために働いていると言う事実が俺たちをより奮い立たせる。
そして俺たちは喜んでもらう事がとても嬉しく思う生き物だと思うから、給料が入り、デートでプレゼントしたり子供におもちゃを買ったり出来るってのは、言うまでもなく幸せな事なんだ。
孤独の中にいると、そんな生きがいを感じることが出来ない。だから一人で生きていてもしょうがないんだ。これは一人で生きていてようやく気付いた。
長く付き合ってた人と別れたり、好きな人に振られたりして発見したことはたしかに沢山あるけど、そろそろ誰かに依存されて依存している中での新しい発見もして行きたいもんだな。
俺が愛した人は俺を愛してくれないけれども、俺を愛してくれた人を愛する自信は今はあるぞ。声かけろよな!